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    こんにちは。旬の食卓便を運営する栗田岬知(みと)です。

    皆さまに旬の食卓便について知っていただきたいと思い、恥ずかしながら書き綴ってみました。

    どうぞ、ご覧ください。



             
    私は旬の食卓便を運営している店長の栗田岬知です。


    旬の食卓便は安全で健康に良くて、とびっきり美味しいがコンセプトの通販サイトです。
    毎日の食卓に必要な野菜、米、肉、魚、無添加惣菜、旬の食材を美味しくいただくための調味料、ジュースやお茶など、毎日ご家庭で召し上がる食材をご紹介しています。

    旬の食卓便は、他の食材と何が違うの?

    なぜ、旬の食卓便というサイトが生まれたのかしら?

    野菜や果物などを作っている農家さんはどういう人で、調味料や加工品などはどういう会社が作っているの?
     
    なぜ「旬の食卓便」になったのかな?




    ここに至るまでの、こだわりと思い入れがあります。

    皆さまに読んでいただくことで、より商品や作り手のことをご理解いただけると思います。
    プロフィールをご紹介させていただきながら、お話をさせてください。


    自然に育まれた子供時代、自然や天然食材が味覚のベースになりました。

    私は福井県の温泉町の出身で、海あり、山あり、里あり、温泉ありの素朴な自然環境の中で育ちました。
    当時の福井県の温泉場は、我が町しかなかったために近隣から多くの観光客が訪れる賑やかな町でした。田舎なのに観光地で少し都会っぽい雰囲気のある町で育った私は少しオマセな女の子だったかも知れません。

    毎朝、隣の港に水揚げされる魚を担ぎ屋のおばさんが大きな荷物を背負って売りにきます。
    当時、私の家は写真屋を営んでいたために家事一切は祖母が受け持っていました。祖母は隣の港町の出身だったことから魚がとても好きで、1日置きに魚料理が食卓に並びました。

    そして、今みたいに洒落たおかずではなくて9割が刺身、煮魚、焼き魚です。今思うととても贅沢ですが、寒ブリのお刺身や新鮮な生のトロトロの甘エビなどは食べ飽きてしまい、「また、鰤なの?」「また甘エビなの?」とおかずに文句を付けていましたね。

    嫌いなのではなくて、食事にもう少しバラエティーが欲しかったというところです。子供だから煮魚などよりはフライなどの洋食のものが好きなんですよ。そうは言っても、蟹は別物でした。

    冬の越前ガニの雄はボリュームたっぷり。そして秀逸なのは雌のセイコガニ(セコガニ)です。小ぶりだけど真っ白の身は繊細でいてしっかりとした旨みがあり、内子と外子や濃厚なカニみその美味しさは日本一です。(笑)




    野菜は近くの農家さんが作った取れたてのものが食卓に上がり、新鮮な野菜や山菜に舌鼓を打ったものです。北陸の夏野菜や果物は土質が良いので野菜本来の旨みと甘みがあります。
        

    新鮮な季節の野菜や魚介類は子供の味覚形成に欠かせません。赤ちゃんの時からやや感受性が豊かだった私は香りにも敏感だったようです。
    今でも鮮明に覚えている出来事があります。

    まだ幼稚園に通っていた5歳頃のことです。父の末の弟が久しぶりに我が家に遊びに来た時、前の喫茶店から珈琲の出前を取ったことがありました。




    生まれて初めて珈琲というものの存在を知り、その芳しい香りに私はうっとり!!

    こんなに芳しい香りの飲み物があるとは信じられませんでした。

    そして、褐色の珈琲めがけて突進した私ですが、祖母や母の「子供に珈琲はまだ早い!」の一言で思いを遂げることができませんでした。さらに、「臭いだけでもこれだけ興奮するのだから飲んだら大変だ!」とも言われてしまったのです。(涙)

    今でもあの時の衝撃的な香りは忘れることはありません。


    カメラマンを目指した青春時代、そして挫折

    高校を卒業後、実家が写真館だったことから自然に写真大学へ。

    卒業後は家業を手伝うということで上京したものの、まわりの友人たちの影響もあり家業の手伝いは辞めてカメラマンを目指しました。

    どんな職業でも同じですが、一人前になるまでには相当な覚悟と根性が必要です。私も最初の7年ぐらいは企画会社のカメラマン、その後フリーカメラマンとしてなんとかやっていたのですが、その内に自分にカメラマンとしての才能が少ないこと、体力不足という2つの大きな理由からカメラマンへの道を歩むことをあきらめました。


    でも、今思うと何が何でもカメラマンになる!という強い思いが希薄だったようですね。


    様々な仕事にチャレンジする日々

    その後、企画・デザイン会社へ入社してプランニングの手法を学んだ後に独立。
    リサーチやプランニングなど、食べていくために様々な仕事を経験してきました。

    そして、新しい仕事にチャレンジする度に
    「自分はこんなことをやっていて良いのだろうか?」
    「無駄な事に時間とエネルギーを費やしているのではないだろうか?」
    という疑問が沸々と湧いてきます。でも、その度にもう一人の自分が
    「いや、必ずいつかはこれらのことが役立つ日が必ず来る!一生懸命に頑張ろう!」と励まします。

    自分の中で自問自答しながら人生を歩んでいたある日、ひょんな事からコンサルタントの話が飛び込んできました。

    地方の老舗のお菓子屋さんの新店舗のコンサルです。

    初めてのコンサル業は不安もありましたが、「来店するお客様が楽しくワクワクお買いものができるお店しよう」という提案は、社長からは諸手を挙げて賛成されました。

    1年後にオープンした新店舗は驚異的な売上を上げるお店になり、近隣の同業者からは羨望の眼差しで見られるほどの店になりました。

    この時の成功事例が次々にコンサルの仕事をもたらしてくれました。

    それは、地方自治体の「食」のマーケティングプランナーの仕事です。
    当時は一村一品運動が盛んに行われていた時代で、予算がついたからちょっと作ってみようという軽いノリで作られた特産品ばかり。

    とても商品とは言えないものが沢山ありました。私は運良く農水省や経企庁の国の外郭団体のマーケティングアドバイザーとして全国の産地を巡ることになったのです。


    ある農家さんとの運命的な出会い

    石川県のある自治体の仕事をした時のことです。ある農家さんとの出会いがありました。

    当時は健康ブームの走りで、今のように有機という言葉を知る人がほとんどいない時代。そんな時代にも関わらず、Yさんはすでに有機農業を実践していた進歩的な農家さんでした。
    そして、Yさんの志が私の今後の仕事の原点になりました。

    「人間は食べ物がなかったら生きていけない。食べ物は命にかかわるとても大切なものだ。しかし、最近の野菜や果物などは農薬や化成肥料まみれで季節も関係ない。また、添加物を大量に使った食品が大手を振って売られている。食べ物は本来、人間が元気で健康な毎日を過ごすために食べるものなのに、売られているものはそれとは正反対の「病気になって死になさい」と言わんばっかりのものだ。
    「食」の仕事に携わる人間が一番大切にしなくてはいけないことは「安全」。消費者は自分で作物を作ることはできない。またお店で売られている加工食品や総菜などは安全と思って購入している。その惣菜に健康を害する大量の添加物が含まれているということは想像もしていない。私は誰もが安心して食べられて、そして美味しい!と言ってくれる作物をこれからも作っていきますよ。」


    普段は気が弱そうで声も小さいYさんが、人が変わったように堂々と話されたのです。そしてYさんの作る胡瓜や小松菜などの野菜は驚くほど味が濃くて美味しくて、子供の頃に食べた本物の野菜の味、季節そのものでした。





    この時のYさんの話は私の心に深く刻みこまれました。


    安全性の追求は「志」そのもの!

    全国の産地にはYさんと同じように志の高い農家さんやメーカーさんが少数ですが居ました。

    当時は化成肥料や農薬を使う近代農業は当たり前の時代。
    そういう時代に化成肥料も農薬も使わない有機農業を営むのは大変な苦労を伴いました。
    有機堆肥で一生懸命に作ってもその価値を認めてもらえません。また、「農薬を使用しないから虫がその人の畑や田んぼに集中して回りの人たちは迷惑する」と無知なことを言われました。

    また、化学薬品や添加物が続々と開発されている時代に、昔ながらの方法で食品を作るメーカーさんたちも時代に逆行しているとかげ口を叩かれました。
    彼らは同業者仲間たちから白い目で見られながらも、自分の志を曲げることなく一生懸命に取り組んでいました。




    私は彼らの姿に涙が出てくるほど感動しました。
    お客さんに安心して食べてもらえるものを作る、そして美味しいと言ってもらいたい!」という姿そのものだったからです。


    日本人としての誇りを持たせてくれた師との出会い

    さらに、ぶどうの品種研究者のSさんとの出会いは私に日本を意識させてくれました。

    Sさんはぶどう品種の研究家で、世界中のぶどうの産地を訪れていました。
    異国を訪問する度に強く感じたのが日本という国の特異性とのことでした。

    彼は農業を学ぶ私たちに次のような話をしてくれました。

    「日本ほど起伏に富んだ地形を持ち、春夏秋冬という次々に季節の変わる自然に恵まれた国はありません。

    世界中のどこを探してもこれほど素晴らしい国はありません。

    そして、国土が南北に長く伸びているために同じ食材でも九州から始まって北海道で終わるまで長く食べ続けることができます。

    日本の立地環境と気象環境、そしてそれらが日本人の気質を生みだし育んでくれたのです。

    日本の伝統文化や食文化は世界に稀のない特異性が生み出したのです。

    あなたたちは日本に生まれ育ったことを深く感謝しなくてはなりませんよ」

    この事も私の心の中に深く刻み込まれました。

    そして、この時代に知り合った指導者や多くの生産者たちとのネットワークが旬の食卓便のベースになったのは言うまでもありません。



    挫折の日々は次のステップのため!

    多くの素晴らしい人たちとの出会い、多くの学びを得た順風満帆に見えたコンサル時代でしたが、バブル経済が弾けてからは一気に不景気の波にもまれ始めました。

    国の財政が緊迫してきたために予算はどんどん削られていき、コンサルの仕事が来なくなったらどうやって生きていったら良いのか!と日々悩み始めました。

    これまでの経験を生かした新しい仕事はないものだろうかと毎日真剣に考えていたある時、コンサル時代に知り合った志の高い生産者さんの顔がふっと浮かんできました。

    「そうだ、私には志の高い生産者の作る安全で美味しい食材がある、彼らの作った安全食材の販売の仕事をやっていこう!」と突然に思いついたのです。

    野菜はどこそこの誰、果物はあの人、食品はあの人で・・・と考えられるだけの生産者さんの顔と商品が次々に浮かんできます。きっと、必ず成功する!と希望が湧いてきました。

    しかし、夢は大きくても私には実際の販売経験が乏しいために扱ってくれるお店がほとんどありません。

    知り合いに買ってもらうにしても胡瓜だけ、小松菜だけの単品の野菜では勧めようがありません。そして、売り先の目途が立たないので生産者に声かけすることもできず、1年近くは開店休業状態が続きました。

    世間はそうそう甘いものじゃないということが骨身にしみ始めた頃、売込みに行った築地の青果仲卸業を営むSさんから、ある勉強会に参加するように誘われました。

    それは中小企業の経営者が2.000名以上も参加している経営者の勉強会でした。ビジネスは「人・モノ・金」と言われますが、中でも「人」が一番大切。ここに入会すれば人脈を得ることができますよとの強い誘いを受けて入会したのです。

    そして、女性部部長のMさんのこぼれるような笑顔との出会いがありました。

    Mさんは私の仕事の話を聞くと、「あなた、それはとても良いお仕事よ、人のお役に立つ仕事ですもの。そして、これからは健康が一番大事だわ。それに安全で美味しいときたら誰でも欲しいと言うわよ。応援するから頑張りなさい」と言って、私の勧める安全な食材を少しづつ買ってくれるようになったのです。そして、事あるごとに私の扱い商品を仲間の女性経営者たちに勧めてくれるようになりました。

    毎日、毎日、悶々とした日々を過ごしていた私にとってMさんは福の神でした。

    そして、彼女たちがこういうものが欲しい、こういう形で届けてほしいという要望を聞いている内に、イメージするターゲット層と商品の形が見えてきたのです。

    ○普通の店で買えないものを提供していこう

    ○安全性と高品質、美味しさを追求したこだわりの食材を提供していこう

    ○どこの誰がどういう思いで作っているのかなどの産地と生産者情報を提供していこう

    ○季節の「旬」の食材を中心に提供して、季節の素晴らしさを実感してもらおう

    ○日本の類まれな自然環境、季節、文化などを再認識して日本人としての誇りをもってもらおう




    こられを基本にいろいろな産地から商品を選定していきました。

    最初は2人の生産者と1〜2品から始まった食材・食品の数は今では300アイテムを超えます。こだわりの良質な食材・食品を提供してくださる生産者さんたちは25都道府県、40名以上にもなりました。




    旬の食卓便を開始してから12年の間、いろいろな地域の生産者さんと巡り合いましたが、その中で旬の食卓便に商品を出してもらっているのはほんの少数です。

    旬の食卓便はお客様の期待を裏切らないために、厳しい基準を設けています。

    安全性はもちろん、高品質で美味しいこと。

    それに加えてお客様にしっかりと届けられること。

    万が一、破損や腐れ等が生じた時は速やかに代替え品を発送できることも重要です。

    旬の食卓便の厳しい基準をクリアした生産者さんたちだけがお客様の元へ商品をお送りすることができるのです。


    その厳しい基準は、天然・自然の食材で味覚を鍛えられ、さらに長年マーケティングプランナーとして全国各地を回り、現場を知り尽くした地域産品の目利きである栗田岬知が、お客様に喜んでいただける品とサービスであるかどうかを判断基準として作り上げています。

    最初に考えた旬の食卓便のコンセプトは

    「安心・安全・健康、そしてとびっきりの美味しさをお届けする旬の食卓便」

    そこから次の第2コンセプトが出来ました。

    「5年先の身体を創るためのバランス生活応援団―旬の食卓便」


    どちらも旬の食卓便の進むべき道を表しています。

    健康志向が叫ばれてから30年近くが経ちましたが、その間に生活習慣病は増加の一途をたどり、ガンの発生率は5人に1人から2人に1人へと急激に増えたのはご承知の通りです。

    それらの原因がすべて食べ物であるとは思いませんが、加工食品などに含まれる添加物の数を見るにつれ、その疑問はさらに膨らんでいきます。

    今や自分の健康は自分で考えて自分で守る時代に入りました。

    だからこそ、「旬の食卓便」でお届けする食材・食品は、誰もが安心して召し上がっていただける「安全」で「高品質」のもとをお届けしていきます。

    そして、食べ物だから美味しいものであるべきと考えます。


    今食べた「食」は5年後の自分の身体

    今後も、お客様から「ここなら安心ね」「注文して良かったわ!」と思っていただけるネットショップを目指してまいります。

    これまで出会った数知れない多くの方々に心から感謝します。

    どうぞ、今後とも宜しくお願いいたします。

    最後までお読みいただきましたこと感謝いたします。

    ありがとうございました。

         有限会社トランスクリタ 代表取締役
         旬の食卓便店長             栗田岬知